神戸地方裁判所尼崎支部 昭和46年(ワ)320号 判決 1974年10月30日
原告 宗教法人芦屋キリスト教会
右代表者代表役員 田淵薫明
右訴訟代理人弁護士 阿部幸作
同 村田哲夫
被告 長谷川滋
右訴訟代理人弁護士 渡辺俶治
同 泉政憲
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
一 第一次的請求
被告は原告に対し、別紙目録一記載の建物(以下本件建物という。)を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
二 第二次的請求
被告は原告に対し、本件建物を収去して別紙目録三記載の土地部分(以下本件敷地部分という。)を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
第二被告の申立
主文同旨の判決を求める。
第三請求の原因
一 本件建物は本件敷地部分上にあり、別紙目録四記載の土地(以下本件土地という。)と共にもと訴外西田源次郎(以下西田という。)が所有していた。
二 原告は昭和二七年二月四日西田から本件土地建物を代金七〇万円で買受け、同年三月末日までの間に代金を完済してその所有権を取得した。
三 被告は本件建物に居住してこれを占有している。
四 よって原告は被告に対し本件建物の所有権に基づきその明渡しを求める。
五 仮りに本件建物につき被告に何らかの使用権があったとすれば、それは原被告間における使用貸借契約に基づくものである。すなわち、
1 原告はキリスト教の信仰を中心として右教義の伝道等及び付属的な教育活動を行うことを目的とする宗教法人であり、その付属的事業として、昭和二六年九月に教会付属はこぶね保育園を設立し関係官庁の認可を受けた。
2 しかし右保育園は当時官庁の基準からみて運動場の面積が狭隘で定員は五〇名とした。
3 そこで原告は右保育園の隣地である本件土地を買受けることとしたのであるが、西田から本件建物も含めて買受けてほしい旨の申出があり、当時の原告代表役員長谷川敞の甥に当る被告が住宅に困っていたので、被告が本件建物を一時使用することとし原告の本件建物買受資金として金三〇万円を敞に提供したことから、形式的に被告が本件建物の買主となって、昭和二七年二月二四日ごろ原被告間において原告が保育園を拡張するときは明渡す約束のもとに本件建物を無償で使用することを許す契約が成立した。
4 原告は昭和四五年四月総会において保育園を新たに社会福祉法人として拡充する旨決議した。
5 その頃原告が被告に対し同年一〇月までに本件建物を明渡すよう通告したところ、被告はその頃これを承諾した。
6 ところが被告は右明渡期日を徒過したので、原告は昭和四六年六月九日被告に対し使用貸借を解除する旨の意思表示をした。
六 仮りに本件建物につき原告の所有権が認められず被告がその所有者であるとすれば、
1 原告は昭和二七年二月四日西田から本件土地を買受けてその所有権を取得した。
2 被告は本件建物を所有して本件敷地部分を占有している。
3 よって原告は被告に対し本件敷地部分の所有権に基づき本件建物を収去して本件敷地部分の明渡しを求める。
七 仮りに本件敷地部分につき被告に何らかの使用権があったとすれば、それは原被告間における使用貸借契約に基づくものである。
すなわち、前記五の1ないし3の経緯から被告が本件敷地部分を一時使用することとして本件建物を取得し、昭和二七年二月二四日ごろ原被告間において原告又は保育園が使用する必要が生ずるまでの間被告が本件建物の敷地として本件敷地部分を無償で使用することを許す契約が成立した。
そして前記五の4の事情から昭和四五年四月ごろ原告が被告に対し同年一〇月までに本件敷地部分を明渡すよう通告したところ、被告はその頃これを承諾した。
ところが被告は右明渡期日を徒過したので、原告は昭和四六年六月九日被告に対し使用貸借を解除する旨の意思表示をした。
八 よって原告は被告に対し、第一次的に本件建物の明渡を求め、第二次的に本件建物を収去して本件敷地部分を明渡すことを求める。
第四請求原因に対する被告の認否
請求原因一、三、五の1、六の2の各事実は認める。同五の2、4の各事実は不知、その余の主張はすべて否認する。
本件土地建物の代金七〇万円中三〇万円は被告が勤務先から融資を受けて売主西田に支払ったのであるから、被告は共同買受人であり、本件土地及び本件建物につきそれぞれ七分の三の持分権を有するか、そうでなくても、被告は建物代金に見合う金額を調達し、当時の原告代表役員長谷川敞は本件敷地部分に垣根を作り原被告の使用区分を明確にした上本件敷地部分及び本件建物を被告の独占使用に委ねたのであるから、被告は本件建物及び本件敷地部分につき単独所有権を有するのであり、原告が本件土地建物全部につき単独所有権を有することを前提とする原告の請求は理由がない。
第五被告の抗弁
一 仮りに原告が西田から本件土地建物を買受けて一旦その単独所有権を取得したとしても、第四において述べた事情から被告はその頃原告より本件土地及び本件建物それぞれの七分の三の持分権の譲渡を受け、その共有権者として本件建物及び本件敷地部分を使用占有しているので、原告から明渡しを求められるいわれはない。
二 仮りに右理由がないとしても、第四において述べた如く、その頃垣根が作られたことにより被告は原告から本件建物及び本件敷地部分の所有権の譲渡を受けてその単独所有者となり、原告は右所有権を失った。
三 仮りに長谷川敞が垣根を作ったことが本件敷地に対する被告の所有権の範囲を明らかにしたものとすることができないとしても、被告は昭和二七年三月三一日西田から本件建物を代金三〇万円で買受けてその所有権を取得し引渡しを受け居住しているものであるところ、当時原告が西田から本件土地を入手するためには本件建物も合せ代金合計金七〇万円を準備する必要があったのに原告は金四〇万円しか調達できなかったことから、本件建物はバラック同然のものであったが被告は原告に協力して本件建物を買受けることになったものであること、原被告の出資割合は本件土地と本件建物の価値に比例しないこと、長谷川敞が本件敷地部分の周囲に石を置きその上に木の柵を設置して被告の占有を客観的に明らかにしたこと、さらには敞が被告に対して本件敷地部分の使用については心配するなと明言していたことなどの諸点に徴し、被告が本件建物を取得すると同時に原被告間において本件敷地部分につき建物所有の目的で期限の定めのない無償の地上権設定契約が締結されたものである。
被告は右地上権に基づいて本件敷地部分を占有しているので、原告の請求は理由がない。
第六抗弁に対する原告の認否
被告の抗弁事実はすべて否認する。
第七証拠≪省略≫
理由
一 原告がキリスト教の教義の伝道及び付属的教育活動を行う宗教法人であり、昭和二六年九月以来教会付属はこぶね保育園を経営していること、本件建物が本件敷地部分上にあり、本件土地と共にもと西田源次郎が所有していたこと、被告が本件建物に居住してこれを占有していることは当事者間に争いがない。
二 そこでまず本件土地建物のその後の所有権の帰属について判断する。
≪証拠省略≫によれば、つぎの事実を認めることができる。
原告(昭和二七年当時の名称宗教法人日本基督教団芦屋打出教会)は昭和二七年一月原告教会敷地の隣接地である本件土地の所有者西田から本件建物を含め本件土地を代金七〇万円で売渡したい旨申入れを受け、原告としては将来教会又は保育園の施設拡張のため有益でもあり隣地が第三者の手に渡って好ましくない人物が入居したり環境を害する建物が建てられることを防ぐためにも是非一括取得すべきものとして計画が進められたが、買取資金として四〇万円しか集まらず、本件建物が粗末なもので原告として利用する考えはなかったことから、当時の原告代表役員長谷川敞の甥に当る被告が勤務先である神戸ワイ・エム・シー・エイから右代金不足分金三〇万円を借り受けて提供し、それに伴って借家住いであった被告が本件建物に入居してその所有権を取得することとなった。ただ西田が本件土地建物共原告以外の者には売渡さない意向であったので、同年二月四日土地代金四〇万円、建物代金三〇万円と一応分割した上一括して西田から原告に対し売渡す旨の売買契約が成立し、代金七〇万円は同年三月末日までの間に完済されて土地建物共一旦原告が所有権を取得した後本件建物については直ちに原告から被告にその所有権が譲渡され、土地の所有権移転登記は同年三月一日原告に対しなされ、建物のそれは同年四月九日中間省略の上直接被告に対してなされた。
本件建物の敷地である本件敷地部分の利用関係については、当時長谷川敞と被告との間において、明渡時期を定めず被告は本件建物所有の目的で本件敷地部分を無償で使用することができる旨の合意が成立した。
昭和四五年四月ごろ原告の総会においてはこぶね保育園を社会福祉法人とする計画が提案され、それに関連して同年五月原告から被告に対し本件敷地部分の明渡しを求めたが、結局被告が明渡さなかったため右計画は沙汰止みとなり、はこぶね保育園は昭和四七年三月に廃止され、その後本件土地は財団法人たる教育研究所的な施設のために利用することが原告で検討されている。
≪証拠判断省略≫
三 従って、本件建物も現に原告が所有していることを前提とする原告の主張並びに本件敷地につき共有持分権又は所有権を有するとする被告の抗弁は理由がない。ただ被告が本件建物の所有権を取得したとする点で被告の抗弁は理由がある。
四 被告は本件敷地部分につき地上権設定契約が締結された旨抗弁するが、明示の意思表示がなされたことを認めうる証拠はないし、その主張するような事情があったところで譲渡自由のしかも登記請求権ある強力な無償の用益物権が設定されたものと直ちに解することはできず、≪証拠省略≫によれば、少くとも当時の原告の責任役員会及び総会は本件敷地部分につき地上権はおろか賃借権を設定する意思も毛頭なかったことが認められるから、被告の右抗弁は採用できない。
五 原告は本件敷地部分に対する使用貸借の期間は原告または保育園がこれを使用する必要が生ずるまでの間の約であった、すなわち右必要が生じた時に被告の明渡義務が発生する、と主張し、≪証拠省略≫によれば被告がそのことを了解した旨原告の当時の臨時総会において報告されたことが認められるけれども、さきに認定した事実関係及び≪証拠省略≫に照し、被告が右明渡時期を了解したとする点は信用できず、他に原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。
六 また原告は昭和四五年四月ごろ被告が同年一〇月までに本件敷地部分を明渡すことを承諾したと主張し、≪証拠省略≫中には右主張に副う部分があるが、いずれも被告本人の供述に照し採用し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
七 ところで、使用貸借の存続期間が定められなかった場合、目的物の返還時期は契約に定めた目的に従い使用収益を終ったとき又は使用収益をなすに足るべき期間を経過した時に到来するわけであるが、本件のような建物敷地の使用貸借にあっては、契約成立の経緯、双方の土地必要性の比較等考慮の上公平の見地から合理的な解釈がなされなければならない。
本件の場合被告の本件敷地部分使用開始後すでに二〇年を経過しているのであるが、前示の本件土地建物所有権取得の経過及び本件敷地部分貸借契約成立の経緯に照し、特に本件土地全体の面積のほぼ六分の一に過ぎない面積上にある粗末な木造家屋のみを取得するために本件土地建物全体の価額の七分の三の代金を負担し、しかも資金不足のため隣地買取が困難であった原告の窮状を救ったともいえる被告の立場を考えるとき、本件使用貸借は実質的な意味では無償とはいい難いものがあり、大金を払って生活の本拠地とした被告に対して原告が任意の時期にその明渡しを求めうるような合意がなされる道理がなく、本件敷地部分の使用目的は被告の生活維持のため本件建物を所有することであると解すべきであり、合目的的に解釈する限り契約当事者間では借地法上の借地期間に準ずる程度の期間は被告の生活を保障する意思があったと認められるのであって、さきに認定した事実関係のもとでは被告が本件敷地部分を使用するに足るべき期間を経過したものと断ずることはできないのである。従って本件敷地部分の返還時期は未だ到来せず、たとえ原告が被告に対して使用貸借解約の意思表示をしたところでその効力は発生するに由ないものである。
八 結局原告の主張する使用貸借終了原因はいずれも認められず、原告の請求はすべて理由がないことに帰するのでいずれもこれを棄却し、民訴法八九条に従って主文のとおり判決する。
(裁判官 堀口武彦)
<以下省略>